大竹 尚登 東京科学大学 理事長
田中 雄二郎 東京科学大学 学長
社会課題を解決する、世界最高水準の科学系総合大学へ
——社会が大きく変化するなか、Science Tokyo(東京科学大学)に求められる役割とはなんでしょうか。
大竹 VUCAともいわれるこの変化の激しい時代に、「科学」の名を冠する大学が船出します。私たちは、先の見えない時代だからこそ、「科学」の力を信じたい。未来は予測できないと嘆くのではなく、科学の力で善き未来を創っていく。善き生活、善き社会、善き地球を科学の力で実現させていくのが私たちの役割であり、そのための人材を育成していく大学になります。
田中 気候変動、自然災害、貧困、感染症、国際紛争など、今私たちの社会はあまりに多くの課題を抱えています。これらの課題を現代のゼロサムな社会で解決していこうとすれば、どうしても格差や分断が生じてしまう。だから私たちはまず、社会をプラスサムの方向に変えていかなければなりません。それを実現するのがイノベーションです。私たちScience Tokyoには、数々の社会課題を解決するためにも、さまざまな分野でイノベーションを創出していく使命があると考えています。
大竹 中期的な観点で、世界トップクラスの科学系総合大学を目指します。その目標達成に向けて、大学運営については基盤階層と独自階層の2つの階層に分けて考えています。
基盤階層では世界標準のガバナンス体制を構築し、すべての構成員に対して、高度な多様性、公平性、包摂性を実現するため、誰もが自由でフラットに物が言えて提案できる環境を整備していきます。独自階層では、これまでの実学に立脚した教育研究をさらに発展させていくとともに、国内外の大学とも広く連携し、世界最高水準の研究体制を整え、世界水準の研究者に数多く来ていただき、また私たちの手でも育成していきます。
田中 教学組織の長である私としては、教員、学生、医療関係者、技術職員、事務職員、URAなどすべての構成員において、知が循環し、交流し、混ざり合う環境を作っていきたい。そうした環境こそがイノベーションを創出すると考えていますが、そのイノベーションを人々の幸せに真に貢献するものにするためには、研究の早い段階から実社会ともつながりを持ち、その声を聞き、協働していく必要があります。そんな、社会に開かれた大学を創っていきたいですね。
理事長が新大学のフレームワークを描き、学長が組織を作り、動かしていく
——Science Tokyoは日本の国立大学法人で初めて、理事長と学長の2トップ体制になりました。それぞれの役割分担はどのようになりますか。
大竹 理事長である私が国立大学法人の経営を担い、田中学長が教学を担当します。経営と教学を分離するメリットは大きいですね。理事長は大学経営に専念し、大学が社会に貢献するために何をすべきか、優れた人材を育成するためには何が必要か、シンプルで大胆な施策を打ち出すことができます。また本学のリーダーが2人いることで、一方が国際会議で基調講演を行い、もう一方が地域や学生向けの会合に参加するなど、大学としてよりアクティブな活動が可能になります。
田中 大竹理事長が大学全体としてのフレームワークを描き、それに沿って学長である私が組織を作り、動かしていきます。その際、私が重視するのは「自律と協調」です。大学を構成する各人が自律と協調を実現してこそ、知は円滑に循環し交流できます。新大学では自律と協調の文化を育むとともに、その実現に向けた組織をつくる必要があります。具体的には、2024年10月の統合に合わせて、多分野での先進的な研究を推進する総合研究院、未来社会に向けて革新的な研究を行う未来社会創成研究院、産業界と組織的な連携を行い、共同研究や博士人材育成を推進する新産業創成研究院の3つの新たな組織を立ち上げました。
多様な学問領域を融合させるコンバージェンス・サイエンス創成へ
——新大学としての最初のアクションはどのようなものになりますか。
大竹 まずは全体の融合を図ると同時に、Science Tokyoとしての新たな文化を創っていきたい。また、医工連携に対する社会の期待が大きいので、短期的にはこの分野で何らかの成果を出したいと考えています。事実、若手を中心に、理工学系研究者と医歯学系研究者の共同研究がすでにスタートしています。
田中 医工連携の拠点となるのが、新設する医療工学研究所です。大学病院のある湯島キャンパスに設置する予定で、完成すれば、理工学系の学生や研究者も医療現場を間近に体験できるようになり、そこで得た気づきや発見が医工分野での新たな研究につながると期待しています。医歯学の学生や研究者も理工学系のキャンパスに自由に行き来できる仕組みを考えており、知の循環と交流は今後ますます加速していきます。
統合当初は、理工学系と医歯学系のバックグラウンドを持つ人々が混じり合うだけかもしれませんが、やがて1人の人間の内部でも理工学系と医歯学系の知が融合していき、近い将来、両分野に精通する研究者も誕生するはずです。その人数は多くないかもしれませんが、たとえ少人数でも、この社会を大きく変えるイノベーションを起こせるはずです。
——理工学と医歯学の融合によるシナジー効果が、Science Tokyoの強みになりますね。
大竹 そう思います。東京工業大学は理工学系トップクラスの国立大学であり、東京医科歯科大学は医歯学系トップクラスの国立大学。そして両大学とも長い年月をかけて、実学に根ざした尖った研究を続けてきました。その2つの大学が統合することは、2つの高い山の頂上に橋を架けるイメージになります。私たちはそれを“Bridge over two peaks”と呼んでいます。そしてその両大学の架け橋の上に並ぶ多様な学問領域こそが、私たちの標榜する「コンバージェンス・サイエンス」になります。
田中 コンバージェンス・サイエンスを一言でいえば「融合科学」になります。工学×医学で「手術ロボット」が創られ、理学×医学で「新薬」が創られる。ただし、ここで融合するのは理工学×医歯学に限りません。今まで同じ学内にあった理学×工学や医学×歯学のさらなる組み合わせも考えられる。全体の枠組みを取り去ることで、各学問領域における自由な連携や融合が可能になります。
大竹 ここで大切なのは、人文科学や社会科学もコンバージェンス・サイエンスに必要だということ。例えば「火星で暮らす」を実現するためには、現地で酸素・水・食料・エネルギーを調達すると同時に、人々が暮らす仕組みを決めるための法律や哲学も必要になる。すなわち、新たなイノベーションを成し遂げるには全方位の学問が必要になるということです。
田中 Science Tokyoにはすでに70名を超える人文・社会科学系の優秀な研究者が在職しています。新たなコンバージェンス・サイエンスの創成に向けて、私たちの視界はきわめて良好です。
起業する博士人材を育成し、海外の優秀な研究者を呼び込む
——研究人材の獲得と育成については、どのようにお考えですか。
田中 イノベーションの担い手となる博士人材を積極的に育成していきたいですね。現状、日本の博士人材は活躍の場が限られています。今後は、産業界とのネットワークを活用しながら、社会とともに博士を育成していく枠組みを作っていきたい。人材獲得については、特に国際化と起業化の戦略が必要と考えています。具体的には、アクティビティの高い海外大学と包括協定を結び、学部生・大学院生や研究者の交換を密に行っていきます。また、博士によるスタートアップを支援する仕組みを構築するとともに、起業後もいつでも研究室に戻れるなど、企業と大学を自由に行き来できる体制も作っていけたらと考えています。
大竹 海外の優秀な研究者に来てもらうには、環境整備が特に重要です。すでに大学には地球生命研究所(ELSI)やWorld Research Hub Initiative(WRHI)という世界一流の海外研究者を招聘する成功例があるので、そのノウハウを活かしながら受け入れ体制を整えていきます。今考えているのは、必要十分な実験施設や研究資材機器を学内に常備すること。そうすれば、研究者はいつでも身ひとつで本学にやってきてすぐに研究を始められるし、年に3か月だけ実験に参加してもらうなど、研究を柔軟に行えるようになります。
——最後に、お2人のこれからの意気込みをお聞かせください。
大竹 私は理事長として、Energize, Execute, Empowerの3つのEを実践していきます。すなわち、私自身が活力に満ちて周囲の人々を元気づけ(Energize)、約束したことを実行し(Execute)、構成員の潜在能力を引き出し開花させ(Empower)ていく。この3つを常に念頭に置きながら、田中学長とともに新大学を牽引していきたいと考えています。
田中 私も大竹理事長と二人三脚で、新時代の大学を創っていきます。近い将来、あっと驚くイノベーションが誕生するでしょう。ご期待ください。
大竹 尚登
東京科学大学 理事長
1992年東京工業大学 博士(工学)取得。2010年同大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻教授に就任。2022年同大学科学技術創成研究院研究院長に就任。2024年10月より現職。専門は機械材料学、機能性薄膜。
田中 雄二郎
東京科学大学 学長
1985年東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)取得。2001年同大学医学部附属病院総合診療部教授に就任。2020年同大学長に就任。2024年10月より現職。専門は消化器内科学、医学教育学。